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by 大熊 一精

大熊 一精
プロフィール

1967年生まれ、埼玉県川越市出身。
銀行系シンクタンクに12年間勤務の後、2002年から札幌市に移り住み、現在はフリーランスのコンサルタントとして活動中。 「一日一冊」を目標に、ジャンルを問わずに、本を読んでいます。読書量全体のうち、電子書籍端末で読む割合は3割ぐらい。 札幌市民になってからは、毎年、コンサドーレ札幌のシーズンチケットを購入し、2014年シーズンで13年目。週末ごとに悲しい思いをすることのほうが多いのに、自分が生きているうちに一度ぐらいはJ1で優勝してほしいと願いながら、懲りずに応援を続けてます。
著書「北大の研究者たち 7人の言葉」(エイチエス、2012年刊)


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『吉原まんだら 色街の女帝が駆け抜けた戦後』清泉亮

『吉原まんだら 色街の女帝が駆け抜けた戦後』清泉亮(徳間書店,2015年3月刊)

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大正10年生まれ、今年で94歳になる「おきち」こと高麗きちの半生を軸に、東京・吉原の近代を描いた重厚なノンフィクションです。

 

昭和26年12月26日、深川で夫が営む金物屋を手伝っていた「おきち」は、夫の「おいっ、吉原買ったぞ。吉原行くぞ」の一言で、深川から吉原へと居を移します。それは、おきちの夫が博打の形にもらったという一軒家でした。

 

《吉郎は、「おいっ、ここで商売をやるぞ」と言いだした。「ここで商売」と言われれば、決まっていた。その場所で、ほかにどんな商売があるというのだろうか。まだ30歳そこそこのおきちにとってはしかし、何をどうやっていいのかさっぱり分からない。》(第1章 来たれもん、吉原に立つ)

 

以来60年余、おきちは、現在に至るまで、その家で暮らしながら、吉原で「赤線」「トルコ」「ソープ」を営んできました…と書くと、それだけで眉を顰める向きもありましょうが、そのような商売が連綿として続けられてきたことには、「必要悪」などといった言葉では語りきれないほどの理由があることが、本書を読み進めていくと、よくわかります。理由がどうこうではなく、さまざまな要素が絡み合った結果の必然であるとすら思えます。

 

本書の中心になっているのは、90歳を超えたおきちからの聞き書きですが、それだけではありません。著者は、めったに姿を見せないおきちの元に通いながら、おきちからさらにおもしろい話を引き出すために、あるいはおきちが手元に残している古い文書を元に、おきちも知らない、しかしおきちが喜ぶ吉原の歴史を、粘り強い取材で掘り起こしていきます。

 

とりわけ、「角海老」の創業者=明治26年に谷中で執り行なわれた葬儀は岩崎弥太郎の葬儀以来の規模だったと樋口一葉が書き残している人物=の実像を探し当てていく過程は、拍手を贈りたくなるほどの大仕事です。

 

きわめて個人的な話になりますが、私は「小江戸」と呼ばれた町で26歳までを過ごしました。自分の父親や、父方の親戚の喋りには、下町言葉が混じっていました。「この商売はよ、人殺しを使えるようじゃなきゃやってらんねーんだよ」と語るおきちの言葉は、現代の標準的な日本語からすれば、とても女性が発したものとは思えない言葉ですが、私が26歳まで過ごした町には、おきちのような喋りをする年配女性が、実際に、たくさんいました。そんなこともあって、本書の中に多数登場する、カギカッコで括られたおきちの言葉には、文字なのに音で聞こえてくるようなリアリティがあります。

 

著者のおきちに対する優しい視線が、心地よい読後感を生んでいる本です。

 

 

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