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by 大熊 一精

大熊 一精
プロフィール

1967年生まれ、埼玉県川越市出身。
銀行系シンクタンクに12年間勤務の後、2002年から札幌市に移り住み、現在はフリーランスのコンサルタントとして活動中。 「一日一冊」を目標に、ジャンルを問わずに、本を読んでいます。読書量全体のうち、電子書籍端末で読む割合は3割ぐらい。 札幌市民になってからは、毎年、コンサドーレ札幌のシーズンチケットを購入し、2014年シーズンで13年目。週末ごとに悲しい思いをすることのほうが多いのに、自分が生きているうちに一度ぐらいはJ1で優勝してほしいと願いながら、懲りずに応援を続けてます。
著書「北大の研究者たち 7人の言葉」(エイチエス、2012年刊)


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『オシム 終わりなき闘い』木村元彦

『オシム 終わりなき闘い』木村元彦(NHK出版,2015年1月刊)

 

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一般的にはサッカーの本として分類されるのでしょうが、サッカーの本としてだけでなく、社会問題あるいは国際情勢を描いたノンフィクション、としても読まれるべき本です。舞台は、20年ほど前の内戦で疲弊しながらも、なお民族対立で混乱するボスニア・ヘルツェゴヴィナ。主人公は、2006年に65歳にしてサッカー日本代表監督に就任しながらも翌年に脳梗塞で倒れ、辛くも一命を取り留めたイビツァ・オシム。

 

ボスニアでは《ナショナリストの政治家によって対立が煽られ、民族が異なるという理由だけで隣人同士が殺し合いをさせられた悲惨なボスニア紛争》(本書p.12)を終結させるために、1995年以来、対立している3つの民族が交代で国家元首を務めてきました。サッカー協会もこれと同じシステムで、すなわち、3人の会長を頂く体制を続けてきたのですが、《根深い民族対立を前提に3民族の会長はそれぞれが自民族の権益とそこに連なる保身のみを考えて運営するために腐敗が横行》(p.12)するなどの問題が起き、ボスニア協会は2011年4月にFIFA(国際サッカー連盟)の加盟資格を取り消され、サッカーのボスニア代表チームはあらゆる国際大会に出場できなくなってしまいます。

 

事態を収拾するために登場したのが、いや、登場というよりは、担ぎ上げられたのが、オシムです。老体かつ脳梗塞の後遺症が残る身でありながら、オシムは、3民族それぞれのリーダーに、先入観を持たずに、堂々と正面からぶつかり、いまだ内戦の記憶が生々しく市民にも他民族への憎悪の感情が渦巻く中にあって、会長の一本化とボスニア協会の正常化を成し遂げていきます。そして、FIFAの加盟資格を取り戻したボスニア代表チームは、ワールドカップ予選を勝ち抜き、初めてのワールドカップ出場を勝ち取ります。

 

オシムがこの困難なミッションを達成することができたのは、誰よりも尊敬されるスポーツマンであったから、であるとともに、オシムが徹底したリアリストであったから、でもあることが、この本から読み取れます。悪評名高い極右の政治家に対しては《悪い先入観は持たなかった。彼は獣ではなく同じ人間だ。》(p.124)、また別の対立する勢力の人物を評する際には《政治に携わる者は権力を持ちたい。当然のことだ。しかし恐れることはない。そういう人を理解しなければ前に進めない。》(p.126)と、オシムは語っています。多くの人が当然のように感じているフィルターをいったん外して、相手を理解し、一人の人間として接することで、オシムは、難しい局面を、地道に打開していきます。

 

この本がさらに「読ませる」ところは、著者の木村元彦氏が、ただオシムに密着取材するだけでなく、対立勢力のリーダーにオシムとどんな話をしたのか取材するなど、多くの政治家や市民の声を丹念に拾っていることにあります。木村元彦氏もまた、オシムと同様に、徹底したリアリストであり、導きたい結論に向かって都合のよい事実だけを積み上げるような手法は使わないことは、氏の過去の著作同様、この本でも同じです。たとえば、ボスニアがワールドカップ出場を決めた試合で決勝ゴールを上げた選手=11歳のときに内戦下で虐殺から逃れ以後は国外を転々としてきた=へのインタビューでは《無責任なメディアならば、過酷な戦争体験で培われた強い精神力が生んだゴールと書くだろうか。(中略)こういうとき思い出すのが、オシムが言った警句だ。何かを戦争体験のおかげと語ってしまえば、戦争が必要なものになってしまう。》(p.163)と綴っています。

 

サッカーファン、スポーツの力を信じている人はもちろんのこと、かならずしもサッカーファンでなくても十分に楽しめる本であり、また、こういう時代だからこそ、より多くの人に読んでほしい本です。

 

この本の結末は、かならずしもハッピーエンドではありません。サッカーの代表チームが民族融和してワールドカップに出場したことで国が一つにまとまった、などという、絵に描いたような美しい話にはなりません。しかし、著者の木村氏は、それでも、希望を抱いています。でも、何もしなければ、変わることはありません。だから、副題にあるように「終わりなき闘い」なのです。

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