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by 大熊 一精

大熊 一精
プロフィール

1967年生まれ、埼玉県川越市出身。
銀行系シンクタンクに12年間勤務の後、2002年から札幌市に移り住み、現在はフリーランスのコンサルタントとして活動中。 「一日一冊」を目標に、ジャンルを問わずに、本を読んでいます。読書量全体のうち、電子書籍端末で読む割合は3割ぐらい。 札幌市民になってからは、毎年、コンサドーレ札幌のシーズンチケットを購入し、2014年シーズンで13年目。週末ごとに悲しい思いをすることのほうが多いのに、自分が生きているうちに一度ぐらいはJ1で優勝してほしいと願いながら、懲りずに応援を続けてます。
著書「北大の研究者たち 7人の言葉」(エイチエス、2012年刊)


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伝説の剛速球投手 君は山口高志を見たか(鎮勝也、講談社)

伝説の剛速球投手 君は山口高志を見たか(鎮勝也、講談社)

PB237174

2014年10月刊。

 

帯に書かれた言葉は「阪急ブレーブスの黄金時代を支えた天才投手の栄光、そして悲哀の物語」なのですが、読後感に「悲哀」はなく、むしろ、清々しさが残りました。見る角度によっては、酷使されて登板過多の結果、選手寿命がきわめて短くなってしまった投手の物語、なのかもしれませんが、やるだけのことはやったうえで現役を引退し、その後も後進の育成という形で野球の現場に関わり続けている山口高志の人生は、記録にあらわれるキャリアから受ける印象よりは、はるかに幸福であるように思えます。

 

「タカシ、そんなフォームやったら体がもたん。必ずケガするぞ」
「フクさん、ありがとうございます。でも自分は太く短くでいいです」
「アホか、プロは長くや」
福本は山口にいずれ訪れる最後をケガがもたらすであろうことを悟っていた。
「言うた通りになった。ギッコンバッタンの影響で腰がパンクした。ハードな投げ方やからそうなる。ええ時期はたった四年。もったいなかったなあ」
引退を惜しんだ。
(p.220)

 

「君は山口高志を見たか」と問われれば、私は、小学生の頃に、テレビで見ました。ただ、当時はプロ野球のテレビ中継といえば巨人戦、そしてこちらは小学生ですから、なんとなくの記憶しか残っていませんが(日本シリーズでは足立がすごかった、とかね)、それでも、当時のおぼろげな記憶を手繰り寄せれば、山口高志の印象だけは強烈に甦ってきます。

 

いうまでもなく、当時のテレビ中継やスポーツニュースにおいて(そもそもスポーツニュースなるものも現在ほどにはなかったように思うのですが)、球速表示などという概念は存在しておらず、「大谷はすごい、なんてったって160kmだ」みたいな語られ方は、しようがなかったわけです。

 

そういう中で、山口高志の印象だけが(当時小学生だった私ですら)残っているのは、なんだかわかんないけど毎日投げていた、というのと、この本の中で繰り返し言及されている特異なフォームゆえ、なのでしょう。もちろん、投げる球は猛烈に速かったはずなのですが、まさに「剛速球」の「剛」といったイメージの体の使い方が、その速さ、すごさを、記憶の中で増幅させているのだと思います。

 

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