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2014年10月 の投稿一覧

浜本学泰が出来るまで③:「証券マンとしてのスタート」

そんな風にして最初の就職先を選んで、1996年の4月に日本最大手の証券会社に入社いたしました。

入社した同期の数は120名。

同社の歴史上、最も少ない総合職採用数です。

よくも入れました。

さすが、人材の質を誇る会社です。

研修制度が素晴らしく整っております。

入社後は丸2か月間の研修プログラムが用意されておりました。

最初は、いきなり今までの価値観を破壊され、せいも根も尽き果てるところまで追い込まれるところ
から始まります。

そして、へとへとになったところで、会社の理念や自分たちのあるべき姿の像を叩き込まれます。

精も根も尽き果ててますので、いとも簡単にイニシエーションされていきます。

そして、2か月を過ぎたころには、「野村證券の新人」というものが出来上がるのです。

最初の配属は、私の強い本社勤務の希望をよそに、地方の支店でした。

中部地区の人口35万人の都市の支店。

本社でマーケットの仕組みを学び、3年で外資系に転職するつもりだった私はひどく落胆しました。

配属は、身内や友達が誰もいない地域に行かされます。

しかも、研修中に全員の性格診断テストを受けさせられており、まったく性格の違う同期と一緒に
配属されるのです。

同期が一緒にいても、仲良くなれない人を一緒に入れるので、本当に身内が一人もいない状況を作り
その中で、どれだけ成果を出す人物なのかということを徹底的に検証されるのです。

そこで2年半の個人営業を担当しました。

毎日飛び込み営業を繰り返し、一人ひとりお客様を作っていく毎日でした。

時間がたつにつれ「目標」という「ノルマ」はどんどんと増えていき、毎月その数字に追われるという
毎日。

しかし、そうやっているうちに、どんどん力がついていくシステムなのだということは、その当時は
知る由もないのです。

気づいたら、私は中部地区でも頻繁に何かのジャンルで成績優秀者に選ばれるまでになっていました。
一時期だけこういう風に表彰される人はたくさんいるので、特に優秀な営業マンだったわけではないと
思います。

ただ、毎日、成果を出すことに必死に取り組んでいたことだけは間違いありません。

そして、営業だけではなく、証券アナリストの資格試験も最短の2年で取得し、本社に早く行けるように
アピールしていたのでした。

目の前にことを一生懸命やることの大切さや、人と人とのつながりの大切さ、人の温かさなど、今では
私の宝物になるような経験をたくさんさせていただきました。

2年半の支店生活を終え、ようやく本社勤務となりました。

2つ目の配属先は、クオンツリサーチ(定量分析)の部署でした。

ロケットサイエンティストといわれ、1980年代後半から米国の金融市場では、宇宙工学を勉強するような
頭の良い人たちをたくさん採用して、膨大なデータを分析して法則性を見出してモデル化するというような
ことを盛んにしていました。

私の配属先はまさにそういう部署だったのです。

行ってみて、恐ろしいところに来たことがわかりました。

平均学歴が、東京大学の理系の修士課程を修了した人たちです。
PhDを持った人もぞろぞろいます。

私のように、文系の4年制大学を卒業して、支店で営業してたものが行くと、「完全なるバカ扱い」です。
あいつは何をしに来たんだ?というところから始まりました。

最初に言われた仕事は、「じゃ、最初はわからないだろうから、この株のPERを求めるプログラムを書きなお
しておいて。1週間上げるから。余裕だよね?C言語だから簡単だから。」というものでした。

「プ、プログラム?」

私は、子供のころ、本を見ながら、Basicという言語を書いて、画面上に図形を書いて喜んでいたことはあり
ますが、プログラムなんて書いたこともありません。

C言語って聞いたこともない。

1週間、C言語の勉強を必死にして、何度も書き直しても動きません。
プログラムというものは、たった1文字間違えていただけでも正しく動かないのです。

それで1週間がたち、結局、完成させることはできませんでした。

「すみません。1週間必死にやりましたができませんでした。あと少し時間下さい。」

と頼みに行ったら、

「しょうがねえなぁ。こうやってやるんだよ。」

といわれ、その人は15秒ほどで書き直してしまったのです。

完全なる洗礼を受けた形でした。

program

その部署でも必死にプログラムを覚え、何とか仕事ができるようになってきました。
すると、お客さんを担当することになりました。

その時のお客さんは、投資顧問会社のファンドマネージャーの人たちです。

その人たちが実際の運用の時に使う「銘柄選択モデル」「アセットアロケーションモデル」
「リスクモデル」を開発することだったり、ある投資戦略に基づいて「シミュレーション」
を行うことなどでした。

実際の運用現場のファンドマネージャーが使うモデルの開発や、シミュレーションをさせて
いただいたことは大変有意義な経験となりました。

それよりも何よりもファンドマネージャーの人たちと一緒になって問題を考え、どうやった
らパフォーマンスが向上するのかということを真剣に考え、想定して、検証するというくり
返しでした。

この2年間で私の運用に関する知識は向上し、データを扱うことにもなれ、私の開発した
自動売買モデルや、銘柄選択モデル、為替の比率を決めるモデルなどは、今でも実際の
運用現場で使われていると思います。

でも、さすがに、1日一言も会話のないような静かな部署に2年間もいると息が詰まってきます。

ということで、またもや異動希望をだし、もっとフロントに出たいということを希望しました。

すると、ファンドマネージャーがお客さんである営業部隊へと異動になりました。

支店での営業経験はありましたが、まさかお客さんが全員ファンドマネージャーの営業マンに
なるとは夢にも思わず、私のディーラーとかトレーダーになる夢とは近づいているのか離れて
いるのかわからないままに異動となるのでした。

そんなすごい営業マンばかりがいる部署への異動。

不安ばかりが募りましたが、実はここからが私の人生に大きな変化が生まれてくることは、
この時は知る由もありませんでした。

以後、次号に続く。

浜本学泰が出来るまで②:「就職 マーケットで稼ぐ決意」

大学で外国為替を学び、実体経済で使えないということをもどかしく感じながらの就職活動。

「絶対にプロのディーラーか、ファンドマネージャーになってマーケットの仕組みを学びたい」

「そして、相場の世界で大成功したい」

dealer

そういう思いがこみ上げました。

ですから、自然と就活先は、銀行、証券、商社などになります。

おもに銀行を回りましたが、当時、外為専門銀行だった東京銀行は、私の思いを正面から受け入れてくれましたが、その合併先の銀行に同じ話をしたところ、


「あのねぇ。銀行員っていうのは、一つの事だけをやりたいと思ってもダメなんだよ。すべての業務をきちんとできるようになって一人前の銀行員になるんだよ」

といわれました。

実は、東京銀行は、私の就職する平成8年の4月に合併することが決まっていました。
 

合併先の銀行の人に私は、

「そんなことを言っているから、ゼネラリストばかり生まれて、日本の金融機関は世界で競争力がないのではないですか?」

と、「米銀の復活」という本を脇に抱えた私は申しておりました。

その人はかんかんになって怒りましたが、その銀行の人事から電話がかかってきて、

「君の鼻っ柱の強さはとても良いので、次の人事にあってほしい」と連絡がありました。

後ろで東京銀行の方が強烈にプッシュしていたのは間違いないと思います。

4月からの合併を控え、後ろで就職活動の連携をしているようでした。

その両銀行は丁重にお断りをしました。

一方、ディーラーとして大成功するには、外資系に入らないと大きなお金はもらえないと認識しており、外資系の銀行、証券も受けてみることにしました。

受けた感想は、

「英語も話せず、スキルもない自分がいきなり入るところではない」というものでした。

では、どうしたらよいのか?

生まれ故郷の地方銀行からは、「君が来てくれるなら、人事の慣例を無視して、1年目からディーリングルーム勤務を約束する」というお言葉も届いておりました。

すると、ある方からメッセージをいただきました。

「外資系金融機関で活躍している人たちを最も多く輩出している会社を知ってるか?」

というお話しでした。私の耳はダンボになりました。

「それは、野村證券だよ」

「えぇ。あのノルマ営業で有名なあそこですか?」

と驚くのもつかの間、自分の夢のためならあえて厳しい方に進むのが私の選ぶ道。

また、私はマーケットの仕組みを知り、そこで勝負をしたいと思っているので、対象は為替でも株でも債券でも何でもよかったのである。

そして、ご縁あって、「ノルマ証券」に入ることができたのでした。

さあ、3年で実力をつけて、外資系に転職だ。

そういう誠に失礼な思いを胸に、4月の就職を迎えるのでした。

 次号に続く。。。。。

浜本学泰が出来るまで①:「マーケットとの出会い」

 これまで、証券マンやファンドマネージャーとして多くの相場師とお付き合いさせていただき、心から尊敬する多くの相場師の方々と出会いました。

 彼らの考え方や人となりが、皆さんのトレードにもきっと役に立つと思います。

 今後は、時間を見つけては、私の実体験としての相場師の話を書いていこうと思っています。

 まずはということで、自己紹介を兼ねて、自分の事を書いていこうと思います。

 私は伝説の相場師ではありませんが、自己紹介ということでご容赦ください。

market

 まず、私が初めて相場に興味を持ったのは、中学生のころです。

 ちょうど、1985年のプラザ合意という事件があっって、その後1年をかけて、ドル円相場が250円から150円に変動しているときでした。

 毎日夕方のニュースのトップで、「本日の為替相場は、○○円○○銭となりました」というニュースばかりが報道されていました。

 私は子供ながらに、「お金とお金なのになぜ値段が変わるのか?」「なぜ、それがトップニュースになるのか?」という疑問を持ちました。

 為替相場の事を知りたい!!と強く思いました。

 しかし、周囲に知っている人はいませんでした。

 「銀行で聞いてきたら?」と言ってくれる人がいました。

 しかし、中学生の私は、銀行に行って質問する勇気がありませんでした。

 そこで、自分の周囲の中で最も社会の事を知っている人に聞くことにしました。

 それは、、、、、、社会の先生です(笑)。

 社会の授業が終わった後、私は先生のところに行って、「最近、ニュースで為替相場の事ばかり言われていますが、あれはどういう仕組みになっているのですか?」と聞きました。

 先生の答えは、「では、職員室に来なさい」でした。

 職員室に行くと、そこからはお説教が始まりました。

・子供のくせにお金に興味を持つとはとんでもない
・お金に興味を持つ暇があったら勉強しなさい

というような内容だったと思います。

 「で、分かりましたが、仕組みを教えてください」といいましたが、「そんなものわからん」といわれてしまいました。

 要は自分が分からないから、説教をしたということです。

 何というひどいありさま

 そんなこともあり、私の疑問は、モンモンとしたまま時が過ぎました。

 高校時代は、野球部に入り、為替相場の事など少しも思い出すこともなく、ゴジラ松井との対戦だけが思い出に残ります。あとは、PL学園にコールド勝ちしたこと。

 大学に入り、3年生になり、自分の専攻を決める時が来ました。

 ここで、自分の人生を左右するかもしれない選択を迫られ、私は自分自身というものをもう一度、分析することにしました。

 私は、やはり中学生の時に疑問に思った「外国為替」が気になって仕方ない。

 というよりも、マーケットというものが気になって仕方ありませんでした。

 原材料を買ってきて、製品を作り、売ると儲かるのは理解できる。
 商品を安く仕入れてきて、利益を載せて販売するのも理解できる。
 普通の人ができないサービスを提供して対価をもらうことも理解できる。
 

 しかし、変動している相場というもので売ったり買ったりして儲かるという仕組みだけはどうしても理解できないし、何とも言えない魅力を感じてしまったのでした。

 そこで、ゼミの専攻は「外国為替」ということになったのでした。

 ゼミでは、国際金融論から、外国為替相場決定モデルなど、いろんな学術的な研究や論文を読むことができました。

 そして、卒業論文のテーマは、「外国為替決定モデルの有効性の実証研究」ということになりました。

 机上の理論である外国為替相場決定モデルといわれている「為替相場算定式」の実際のマーケットによる回帰分析を行うことで、決定モデルの有効性を問うものでありました。

 私の論文の結論は、

「机上の理論である外国為替相場決定モデルはいずれも実際のマーケットでは、有効性に疑問がある。有効な結論が出ないのである。実際の相場を当てるには、テクニカル分析など、実体相場を分析する手法の方が有効である」

というものでした。

 今思えば、論文としてはひどい結論だったと反省しております。

 担当教授からも、「論文としては最低だけど、合格にしてあげるよ。社会人になったらもっとちゃんとやるんだよ」といわれる有様でした。

 しかし、この時の結論は、実際のマーケット人生において、正しかったということが実体験として証明されてしまったのでした(笑)。

 近いうちに、教授に遭うことになりますので、その辺をアピールしたいと思います。

 こうして、私のマーケットのかかわる人生はスタートしたのでした。

 ・・・次号へ続く。

金融全般⑩:「金融取引は博打なのか」

こんにちは。浜本です。

金融全般の第10回目は、「金融取引は博打なのか」というタイトルで書いてまいりたいと思います。

以前より、よく株式投資の話をしたり、FXの話をしていると、

「そんな博打みたいなもの、私には関係ないよ」

「博打はやっちゃいけないって、親から言われているから」

などと言われます。

金融取引、例えば、株式投資やFX、不動産投資など、投資というものは博打なのでしょうか?

私はそうは思っておりません。

なぜなら、博打というのは、「イチかバチか」というところがあるから博打なのだと思います。

証券会社にいる時に、ある先輩が私にこう言いました。

「良いか。勉強したり研究したり経験を積むことによって、期待収益率の高まるものは博打とは言わない。」

その方は、競馬の分析をして、的中させるのが上手な方でした。

ですから、その方にとっては、「競馬も投資であり博打ではない」ということなのだそうです。

その言葉自体は、自分が競馬をやっていることを正当化するものであったと思いますが、私は、その言葉は正しいと感じていました。

研究や分析、または経験を積むことによって、期待収益率が上がるもの。つまり、勝率が高くなったり、利益幅が大きくなったりする。

それは、期待収益率を高めていくことが出来、勝率や期待されるリターンが十分に高まれば、れっきとした投資として呼んでもよいものではないかと思います。

金融取引(株式投資、FX投資、債券投資、日経平均先物オプション取引など)や不動産投資などは、まさに経験値や知識などが活きる分野ですので、完全なる「投資」と言えます。

一般的には「博打」とされている競馬や、競艇、競輪なども、実は「投資」と呼べる範疇なのではないかと思ったりします。

宝くじなどは、自分の努力などではどうしようもない世界なので、そこは、博打と呼んだら良いのかなと思います。

bakuchi

ということで、いろんなものの定義が変わる可能性もありますが、ことに金融取引に限定して考えたら、金融取引は博打などでは全くないということがご理解いただけるのではないでしょうか?

しかし、日本人のようにほとんど金融の知識を持たない人にとっては、これまで「投資は博打である」と感じたとしても仕方がない環境だったとも言えます

ですから、多くの人たちに「金融取引の知識」をつけていただき、「金融リテラシーを高める」ことによって、金融取引を文字通り、高い期待収益率が見込める「投資」に変貌させ、自らの役に立つ存在に変えていくことが大事なのではないでしょうか?

多くの方の人生を潤うようにする「投資」が身近なものとなりますように。

一人でも多くの方々に投資の魅力と、簡単であるということをお伝えしてまいりたいと思います。

浜本学泰

金融全般⑨:「お金に働いてもらうということ」

こんにちは。浜本です。

金融全般の第9回は「お金に働いてもらうということ」と題して、書いてまいります。

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プライベートバンカー時代に、大金持ちの方々とお話をさせていただいておりますと、多くの方が同じことをおっしゃいます。

「私は、私のお金に働いてもらってるんだよ」

普通の人たちからはあまり聞かない言葉なのですが、富裕層の方々からはよく聞く言葉なのです。

私たちは、

「働いてお金をもらう」

のが普通だと思っているのですが、お金持ちはそうではありません。

「お金に働いてもらう」のだそうです。

それは、つまり自らの大事な資産である「お金」を「うまく投資する」ことによって、「お金さんに仲間を呼んでもらって増やしてもらう」という感覚なのかなと思います。

とにかく、お金持ちほど、お金を増やそうということよりも、資産を守る、うまく活用するということへの努力はされていらっしゃるのを感じます。

では、「お金に働いてもらう」とはどういうことなのか?

第8回のブログでも書かせていただきました通り、投資の原理原則というものがありますので、「成長している分野」に自らの大切なお金を参加させるので
す。

自分自身の分身として、エネルギーである「自分の大切なお金」を、その成長市場で頑張ってもらいに旅に出すのです。

そうすると、お金はその成長市場で、成長企業の株式となったり、商品になったり、その地域の通貨となったりして、その地域や企業の成長のエネルギーを受けて、自分自身を成長させます。

本当は投資家である私たちが成長市場に乗り込んでいって、そこで事業をするなり、仕事を始めるなりすることで、得られる活気のある市場での成長を、自分の分身である「お金」は、代わりに享受してくれて、自らを成長させて帰ってきてくれるのです。

自分自身で出来ることなど限られます。

多くの成長分野に首を突っ込むことは、物理的にできません。

しかし、そういう分野を見つけたならば、自らの分身である「お金」に、そこでの頑張りを託するのです。

それで、「成長して帰ってきてくれる」ことを期待するのです。

もちろん、失敗に終わることもあるけれど、自分自身が乗り込んでいって失敗するよりは軽微な影響で終わることの方が多いです。

つまり、「お金」は、自らの成長の機会を代わりに担ってくれており、「お金の成長」という成果によって、その成長の機会を享受して帰ってきてくれるものなのです。

これが、お金持ちの方々が、「お金に働いてもらっている」とおっしゃる背景であり、私たちがあまり持ちえぬ感覚です。

「お金に働いてもらう」ことに、金額の大小はあまり関係ありません。

確かに、金額が大きい人の方が、より多くの機会に恵まれることは、間違いありません。

しかし、誰にでも、アンテナを高くさえしておけば、投資する機会に恵まれるはずです。

ポイントは、「お金に働いてもらう」という感覚をもって、そのチャンスが来た時に気付けるかどうか、ということいかかっていると思います。

常日頃からの意識が、結果として大きな成果の違いに結びついていくのです。

皆さんも、「お金に働いてもらうこと」を意識して、日々過ごされてみてはいかがでしょうか?

浜本学泰

金融全般⑧:「世界情勢と金融市場は連動する」

こんにちは。

浜本です。

金融全般の第8回目は、「世界情勢と金融市場は連動する」と題して、投資をする際の基本的な考え方について、お話ししてまいりたいと思います。

「投資は難しい」
「投資はたくさんの知識がないとだめ」
「投資は専門の教育を受けないとだめ」

という風な思い込みが世間では聞かれます。

しかし、投資とはそれほど難しく考える必要はなく、経済というものは、皆さんが認識している社会情勢を反映しておりますので、それと投資商品を結び付けるだけでよいのです。

あとは、社会情勢と金融市場がどう連動しているかを知れば良いだけですね。

金融市場の原理原則は大まかにいうと以下の通りです。

  1. お金は、成長するところに集まる。
  2. お金が集まると、景気が良くなる。
  3. 景気が良くなると、物の価値が高まる、金利は上がる。
  4. 物の価値が高まる時は株価や商品の価格が上昇、金利が上がると債券の価値は下落。


 

以上のようになっています。

 

Growth

ということは、日本国内や世界中を見ていて、成長しているところ、もしくは、成長しそうなところを見つければよいのです。

もちろん、情報リソースは、新聞やテレビなどのニュース程度で十分です。

 

成長と言っても色々とあります。産業の成長、人口の成長などなど。

基本的には、業績の成長と、人口の成長を追えば十分かと思います。

 

ある会社、ある産業の業績がとっても伸びている。

ある地域、ある国の人口やGDPがすごく伸びている。

人口が伸びると人々は、●●を使うようになるから、●●の消費が伸びている。

 

 

こういうことは、一般の方でも少し意識すれば理解できる情報です。

投資は、一瞬の判断で勝負が決まるものばかりではありません。

その先に、自分の大切なお金を「応援に行かせる」という意識でよいのです。

 

そうすると、その「伸びている環境で、自らの大切なお金も、周囲と同じように成長してくれる」ようになります。

そして、ころ合いを見て、自分の大切なお金に、帰還命令を出せばよいのです。

 

投資とはシンプルにいえば、こういうものです。

 

世界に目を向けていけば、人口が増加している地域は一目瞭然ですね?

国内に目を向ければ、業績の良い会社、人材の採用数が伸びている会社など、伸びているところは見つけられますね。

 

また、逆も真なりです。

 

衰退していくところには、前述のメカニズムの逆が働きます。

衰退の場合は、行くところまで行くと、「破たん」や「崩壊」、「倒産」という結末を迎えるものがあるので、更なる注意が必要になります。

 

投資の世界は難しいと思い込んでいらっしゃる方は多いのですが、おおざっぱにいえば、このような考え方を持っていれば、投資はうまくできるのです。

 

投資を遠い難しいものだという概念を振り払い、なじみやすいものだととらえていただけるようになると幸いです。

 

 

浜本学泰

金融全般⑦:「投資から逃れられないなら、楽しもう」

こんにちは。

浜本です。

金融全般の第7回は、「投資から逃れられないなら、楽しもう」と題して、書いてまいります。

私は、投資は日本の人たち全員に取り組んでほしいと思っております。

その理由は後ほど書かせていただくことにしますが、そういう風に人様に勧めさせていただきますと、必ず、

「いえいえ、私に投資なんて関係ないですから、一切やりません」

と、お話を聞いてくれずに、自らを投資の世界から遮断してしまう方が良くいらっしゃいます。

表向きはそうお話しされていて、実はしっかりとお勉強されていらっしゃるのならば、それでよろしいのですが、本当に一切投資の世界から関わりを持たないようにしているのであれば、それは大きな間違いであると言わざるを得ません。

なぜでしょうか?

それは、私たちの生活から「投資」を切り離して考えることは出来ないからです。

「なぜ?」

と思われる方も多いかと思います。

でも、考えてみてください。

皆様は、自営業、サラリーマンなど、いろんな形態でお仕事をされて収入を得ていらっしゃるわけですが、毎月必ずかけているものがありますね。

そうです。年金です。

年金制度は、国民年金、厚生年金に限らず、皆様から毎月積み立てられている大事な資産を、年金を支給される時が来るまで、専門家によって大事に運用されています。

昨今、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が株式の組入比率を上げるというようなことがニュースになっておりましたが、皆様の大事な年金の原資は、債券や株式、短期資金や、商品、不動産など、国内外を問わず、投資され、長期的な資産増加を目指して運用されています。

つまり、皆さんは、ご自身の意志に関係なく、大事な資産を投資していることになるのです。

だとしたら、皆さんの大事な未来のお金が投資されているのですから、無関心を装っていてもダメです。

もっと、積極的に投資の世界をのぞいて、年金資金の在り方について、意見を言ってみたり、年金だけに頼らずに自らも投資することによって、至急荒れる年金以外の収益や資産を構築するということも取り組んでいったらよろしいと思います。

第5回の記事でも書かせていただきましたが、投資は、実はそんなに難しく考える必要はありません。

誰もが自動車運転免許を取得できるように、誰でも投資のコツを覚えることが出来るのです。

ただ、その学校がなかったのです。

投資をすると、自らの欲望というものが台頭してきてしまいます。

投資活動は、本来はグループとか仲間内でやるものではなく、大事な資産をどうするかを決定することなので、自分自身で行うものです。

それは、やり方によって、人とコミュニケーションをとりながらすることも最近では可能になりましたが、基本は一人でやるものなのです。

そうすると、自動車の運転と同じで、密室で一人になりますと、人間はエゴが出てきやすくなります。

ego

どんな人格者でも、エゴに支配されることになります。

人の道の修行では、エゴから解脱することを目指します。

しかし、修行と違うところがあります。

修行をしようと思ったとき、人は神妙な心持ちで修行場に入ります。

そうすると、普段はエゴに支配されているのに、その修行場ではエゴがどこに行ったのかわからなくなるのです。

一方、投資をしようとするときは、前提として「儲けたい」という欲望(=エゴ)があります。

しかし、エゴに支配されてしまっては冷静な判断が出来ないので、教わった通りに投資をすることはできません。

自動車にたとえるならば、交通ルールを破って、独りよがりの運転をすることに相当します。

すると当然、事故にあったり、危ない目にあったりするのです。

投資においては、それから離れようというエゴが目の前に見えてくれているので、相手をしやすいのです。

つまりエゴからの解脱が、投資を通じては、他の修行をするよりも早くできるのではないかというのが私の仮説です。

ですから、現在、日本ではあまりおなじみではない「投資」というもののコツを多くの人たちに知っていただき、あとは自分磨きの場として多くの人に慣れ親しんでいただきたいと思っております。

私の投資に対するモットーは、

「資産形成しながら、人格形成につながる」

というものです。

皆様も是非とも投資を学んでいただきたいと思います。

浜本 学泰

金融全般⑥:「金融市場における常識」

こんにちは。

浜本です。

金融全般に関する第5回目は、「金融市場における常識」ということで、今の金融市場で信じられている常識のおかしさについて、お話ししてまいりたいと思います。

皆さんもよく耳にしませんか?

投資は長期でやるほどリスクが少ない

とか、

ドルコスト平均法という固定金額を毎月固定などで買い続ける戦略は、結果的に安く買えることになり優位性が高い。

という金融市場における常識です。

これには、大きな問題を潜んでいるのです。

実は、現在まで金融市場で使われている市場の考え方の一つに「モダンポートフォリオ理論」というものがあります。

modernport

難しい話は割愛しまして、要は、

経済は右肩上がりで成長する前提の上ですべての手法なり論理が展開されている。

という問題点です。

基本的に経済は、成長を前提にお話をされます。

それは、どうしてか?

現在の経済理論を構築している欧米の国々の前提が、「成長ありき」だからです。

例えばアメリカ政府は、財政支出をしようと思ったらどうするかと言えば、政府にはお金がないので、お金を調達する手段は2つです。

・国債を発行する。
・FRBから借り入れる

つまり、政府が何かしようとしたときには、必ずそのお金には金利が発生する仕組みとなっています。

ですから、アメリカ政府は、何が何でも経済を成長させていかないとお金が回っていかないようになっているのです。

そのために、世界各地で様々な取り組みをされていらっしゃるし、移民なども積極的に受け入れて経済の成長を第一義としています。

そういう流れの中で、「経済は成長する前提」として、今の金融市場は理論建がなされております。

しかし、経済が成長するかどうかの大きな要因の一つに、「人口問題」があります。

「人口が増えるから経済活動が活発化して成長する」のです。

本来はこの通りなのですが、世界の先進国はあの手この手で経済成長をさせようと躍起になっているのが現状です。

私たちの日本を考えてみると、アメリカからかなりの干渉を受けているので、やはり「成長ありき」の政府運営が求められます。

しかし、日本は人口減少の流れに入り、今後も人口は減り続けていく見通しとなっています。

人口が縮小すれば、それを支える経済も小さくてよいはずなのですが、世界の経済の常識が「成長ありき」ですから、マイナス成長をしようものなら、「劣等国」との烙印を押されることになります。

しかし、本当は、人口動態にあった経済規模があれば人々の生活は回るので、仮に今の経済規模を維持できするだけでも十分なはずなのです。

現実はそうではありません。

それも、ある支配層が構築した仕組みの上にいる私たちが持っている「思い込み」の一つです。

その経済の前提の上に、金融理論も構築されておりますので、あくまでも「右肩上がりの経済」が大前提としてあります。

ですから、前述したとおり、

・投資は長期でやる方がリスクが軽減される。
・ドルコスト平均法は、長期で見ると買いコストが安くなるので有利である。

ということが言われるのです。

そうですね?

長期的に見て経済が右肩上がりで行くならば、短期的に多少の変動があったとしても、将来的には価格は上昇する可能性が高いから、上記のように言えるわけです。

しかし、現在の日本は人口減少社会です。

さらに、経済成長ありきのアメリカなどが海外で行っている戦略にも、相当無理が見えてくるようになってきました。

そう考えますと、私たちの大切な資金を運用するのに、「右肩上がりの経済前提」で考えてしまうと大きな落とし穴にはまってしまう可能性が高くなったのです。

長期的な未来を予想することは、誰にもできることではないと思います。

その前提で、私たちの大切なお金を長期投資に突っ込んでもよいのかということを、今一度私たちは考えなくてはいけません。

もちろん、長期投資を否定するものではありません。

金融市場の大前提を忘れてはいけないということなのです。

長期が見通せないなら、短期で利益を積み上げていけばよい。
長期で成長している市場であれば、経済原理が成り立つなら長期投資も可能

など、いろんな考え方が出来るということなのです。

自らの大切なお金のことです。

無関心や、ただ単に世間で言われていることを鵜呑みにすることなく、情勢を正しく判断して、賢く自分のお金を投資していきたいものです。

本日は金融市場で、信じられている大前提について考えてみました。

ご参考になれば幸いです。

浜本学泰

金融全般⑤:「金融取引のイメージを覆す」

こんにちは。

浜本です。

金融全般の第5回は、「金融取引のイメージを覆す」と題して、書いてまいりたいと思います。

第4回のところで、私は金融取引を「自動車の運転に例えます」と書かせていただきました。

どういうことかと申し上げます。

今、日本にいらっしゃる多くの人たちが、自動車普通免許を取得され、自動車を運転することが出来ます。

自動車教習所に通って、学科と技能講習をみっちりと短くても1か月間は学び、運転技術を身につけられたからです。

でも、よく考えてみてください。

自動車を運転できる人で、以下の疑問に明確に答えられる人は何人いらっしゃるでしょうか?

なぜ、自動車のエンジンが動くのか?
なぜ、アクセルを踏んだら走るのか?
なぜ、ブレーキを踏むと止まるのか?
なぜ、ハンドルを切ると曲がるのか?

いかがでしょうか?

少なくても、私はわかりません(笑)。

多くの方がわからないのではないでしょうか?

それでも、毎日事故を起こさずに運転できているわけです。

金融取引も全く同じなのです。

金融や経済の仕組みを全部知らないといけないと人々は思っています。

その勉強が大変そうとか、難しそうとか思い、金融取引をすることを敬遠します。

そういう人が多いのです。

でも、よく考えたら、自動車の運転を覚えるのも相当大変なことですよ。

でも、自動車の構造までを覚える必要はないのです。

金融も同じ。

そんなに難しい経済や金融の仕組みなど覚えなくてもよいのです。

金融取引のコツを知るだけでよいのです。

そのコツは、数か月ほど、真面目に勉強して、技能練習も行うことで上達します。

そして、数か月もすれば、金融市場を見て、為替がどちらに動くのか、株価はどうなっていくのかが、予想できるようになります。

長期の予想は難しいです。

しかし、短期的な予測は出来ますし、それで十分なのです。

運転する時も、数十キロ先は見えません。

目の前にリスクがないかを確認して、進み続けることで、長い距離を運転できるようになるのです。

なので、金融市場においても、短期的な予想を繰り返すことで、継続的にマーケットから利益を得ていくことが可能となります。

私は、ファンドマネージャーを辞めてから4年半の間、個人の方々にFX、株式の取引の仕方を教えてきました。

その数、のべ1000名あまりになります。

その経験から言えることは、

「ほぼ、すべての方が、真面目に勉強してくれたら、金融市場から利益を上げられる実力はつけられる」

ということです。

trade-win

これは、本当です。

私の教え子さんたちで実証されております。

しかし、一方で限界もございます。

あくまでも、私が出来るのは「自動車教習所」「免許センター」の役割のみなのです。

金融取引をして、利益を出す実力はつけてあげられます。

あとは、習った通りに、リスクに気を付けながら、金融市場の中を運転していくだけなのです。

しかし、これも自動車の運転と同じです。

最初は慎重に運転をしている人でも、慣れてきたり、油断をしたりすることで、マーケットの交通ルールを破ったりするのです。

そうなると、交通ルールを同じで、事故を起こしてしまうことになります。

金融市場では、「大きな損失を出す」ことを意味します。

しかし、「大きな損失」の根源は、その人がルールを守らなかったからなのです。

裏を返せば、難しいことのない「金融取引のコツ(=運転の仕方)」を学び、「ルール(=交通ルール)」をしっかり守っていれば、金融市場においても安全運転をしながら、目的(=収益を出すこと)を達成することが出来るのです。

今までは、そういう「金融の教習所」がありませんでした。

私は、現在「アーニングアカデミー(Earning Academy)」を作る準備をしております。

金融市場を中心に、多くの人たちに金融取引をしていただき、お金を自分の味方にしていただきたいという思いがあります。

そして、多くの人がお金の問題で悩んでいらっしゃいますが、この世の中からお金で悩む人が減少し、

日本の個人金融資産1600兆円を倍増させることが出来たら、日本の経済は強くなりますし、景気も自然によくなります。

そういう未来像を明確に描いて、一人でも多くの方々が、日常の行動のように金融取引をされる時代が来ることの準備を整えてまいります。

「金融取引(FX、株など)=怖い、危ない、いかがわしい」

というイメージを払しょくし、誰でも気軽に日常的に金融取引を楽しめる時代が来ることを確信しています。

皆様も、今こそ、金融取引に持っていらっしゃったイメージを180度変化させる準備をしてください。

きっと明るい幸せな人生が待っていることでしょう。

浜本学泰

金融全般④:「世の中のお金の常識とは」

自動車

こんにちは。

浜本です。

金融全般の第4回目は、「世の中のお金の常識とは」というタイトルで書かせていただきたいと思います。

小さい頃から大人になるまで、また大人になってからも、お金の教育を受けることなく時間を過ごす日本の私たち。

その生活の中で、両親や祖父母など、人生の先輩からお金についての教訓や教えをいただくことがございます。

今まではそれが「お金の常識」であり、そこから外れることをするのは「いかがわしいこと」のように言われてきました。

では、「お金の常識」とはどういうものでしょうか?

これは、人によって多少異なるかもしれませんが、大方は以下の通りかと思います。

・お金は頑張って働いて稼ぐもの
・お金はコツコツ貯めていくのが良い。
・お金を求めるのは恥ずかしい行為である。
・お金をむやみに増やそうとするとしっぺ返しが来る。
・借りたお金はきちんと返す

大体こんな感じでしょうか?

納得のできるものばかりですね?

とても正しいと思います。

しかし、多くのものがそうであるように、外部環境が変われば、常識も変わっていきます。

お金のまつわる世界も、外部環境が大きく変わりました。

一つの大きな要因は、「インターネット」です。

インターネットの普及により、私たちが金融取引をする環境が大幅に改善しました。

改善したどころか、プロとそん色なくなったのです。

私が、2008年に日本株のファンドマネージャーを辞める要因の一つに「プロとアマの格差の縮小」がありました。

昔は、プロに情報や便利なツールなどが集まり、プロが大幅に優位な環境が整っておりました。

だから、素人の人は、「下手に手を出さないほうが良い」「素人はプロの餌食にされる」という印象がありました。

それは、ある意味事実だったと思います。

しかし、インターネットの普及により、情報格差がなくなり、トレードツールも無料で高性能なものが使えるようになりました。

こうなりますと、プロとアマの環境の差はほぼなくなり、逆にプロは「運用上の制約」という制限がかかる分だけ不利になってきました。

そうなのです。

インターネットが普及した現代こそ、個人投資家の時代なのです。

今まで知識がないから、プロと呼ばれる人に運用を任せてきたのですが、その一部なり全部を自分自身で行っていける時代なのです。

もちろん、プロに委託するのもよいでしょう?

しかし、その委託している内容を知っている必要があると思います。

知らないと、自分の大切なお金が何で運用されているかがわからないということになります。

そうすると、今、自分の資産がどういう状況にあるのか?

どういうリスクがあるのかということがわからず、結果のレポートが送られてきてびっくりするというようなことになりかねません。

昔、世にカメラがあまりなかった時代、人々は写真に写されると「魂を抜かれる」と考えたというお話は有名です。

知らないということは、それほど、不思議なことを考えてしまうものです。

今では、一人1台は常にカメラ(携帯電話についている)を持ち歩く時代です。

その時代の人たちは想像もできなかった時代でしょうね。

お金の環境も大きく変わっております。

私は、金融取引を、自動車の運転にたとえることが多いです。

自動車が世の中に普及してなかった時代は、自動車に乗れる人は一部の人だけだと考えていたことでしょう。

それが、今では多くの方々が運転免許を保有し、自動車が運転できるようになっています。

これも想像しえなかった世界でしょう。

自動車

このように金融の世界の常識も変わります。

誰もが、自動車の運転ができるようになるように、金融取引を当たり前にする時代がすぐそこまで来ております。

その時代に向けて準備をしませんか?

もうお金のお話をするのが当たり前になります。

環境の変化からくる、常識の変化を感じるのも近い未来になると思います。

そろそろ皆さん、準備をしましょう。

浜本学泰

金融全般③:銀行の存在について

bank

こんにちは。

第3回は皆様も頻繁にお世話になっている「銀行」というものの存在について考えてみましょう。

皆さんは、銀行をどのようにお使いでしょうか?

私は、子供のころにお年玉を貯金したいと思って初めて銀行口座を作りました。

そして、大学生になり東京で一人暮らしをするようになって、全国でお金の引き出しができる郵便貯金の口座を使わせていただいておりました。

という風に、銀行と言えば、「お金を預けるところ」という印象を持っている人がとても多いです。

皆さんはいかがでしょうか?

しかし、銀行の本業は「お金を貸すこと」です。

お金を貸すことによって、「金利」を受け取り、それが銀行の収益となります。

そして、私たちのお金は、その貸し付けるお金の原資として使われます。

私たちから、現状、0.01%とかの金利で集めたお金を、2%くらいの金利をつけて貸し出す。

その約2%の「利ザヤ」が銀行の収益となります。

市中の金利水準が高かった時には、銀行の利ザヤもとっても大きく、とても儲かる仕組みになっておりましたが、昨今のゼロ金利の状況では、前述のような利ザヤ状態となりました。

とはいえ、必ず調達金利である「預金金利(私たちがお金を預けてもらえる金利)」と、「貸出金利(銀行が貸付をする際に借入者に課す金利)」を比較すると、預金金利が優位に低くなっており、お金というものは、預けて増えるスピードより、借りてなくなるスピードの方が早いということになります。

銀行は、預金者からお金を集め、それを貸し付け、返済されたお金をさらに貸し付けるということにより、市中のお金の量を何倍にも増やす役割も担っております。

それを「信用創造」と言います。

銀行は、多くの人から預金としてお金を集めて、それを貸すことを繰り返すことで、何倍ものお金を市中に供給しているのです。

ここまでは、一般的に言われている銀行の役割ですが、私の観点は少し違います。

私は学生から社会人になった時、日本の最大の証券会社に入社したのですが、4月1日の入社式の後に最初にしたことは、「銀行口座の開設」でした。

証券会社に入ったのだから、「証券口座の開設」ならば、話は理解しやすいのですが、なぜ「銀行口座の開設」なのか?

銀行口座ならすでに持っているのに、会社と関係の深い金融機関(当時はさくら銀行)の社員がたくさん研修センターに来ており、「給与振込口座を作るのです」という名目で、強力に拒否する同期以外は全員銀行口座を開設しました。

私はここに大きな違和感を覚えたのです。

昔ならば、給料というのは、社長や上司が、給料日に「キャッシュ」の形で、直接支給してくれるものでした。

しかし、今ではほとんどが「銀行振り込み」にて、給料が支払われます。

つまり、私たちの手に入れているお金はすべて銀行を通ることになるのです。

会社と銀行は、管理している数字を動かすだけで、私たちの口座の数字が増え、その数字が増えた結果として、ATMなどでキャッシュを引き出すことが出来るのです。

裏を返して言えばどういうことか?

「自分のお金なのに、それを使わない間は、強制的に銀行に預けさせられている」

ということです。

また、他にもおかしなことはあります。

昔から、経費を使ったり、支払いをした証というのは、「領収書」などによって管理されてきました。

しかし、その「領収書」を免除されるケースがあります。

ご存じのとおり「銀行振り込み」という形で、銀行通帳に記録が残っていたら、領収書などの紙がいちいちなくても、きちっと支払ったことを証明できるという決め事です。

これにより、企業など経済活動をしているすべての団体などは、支払いなどをするのに銀行振り込みが主流となり、経済主体のほとんどのお金は「銀行」というフィルターを必ず通ることになっているのです。

それは、つまり、私たちや経済活動をしているすべてのお金の流れは、「銀行」を通らないといけないようになっており、私たちは「銀行を通じて経済活動を管理されていることになる」のです。

私たちのお金は、無条件に銀行に置くようになっています。

そして、それこそが、世の中で信用される「お金の持ち方」「決済の仕方」という風になっています。

もともとは、そうではありませんでした。

「銀行」というところは、そもそもは、「間接金融」の担い手として、事業を始める人、事業を大きくしたい人など、資金ニーズがある人たちに資金を貸し付けるという形で供給し、産業を育てるのが本来の役割でした。

どうして、間接金融が必要かと言えば、余剰にお金を保有している主体(個人、企業など)に代わって、成長のために資金を必要としている人へ資金を融通するリスクをとって、産業全体を成長させる役割を担っているからです。

裏を返せば、資金を持っている人たちが、自ら魅力的な投資先を見つけることが出来れば、銀行預金という低利な運用先にお金を寝かせておくことなく、自ら直接、その会社なり人に投資をしたらよいのです。

これを「直接金融」と呼び、現在は、株式投資とか、債券投資とかがそれに当たります。

日本の人たちの金融知識がない状態が続けば、多くの人たちは資金のやり場に困り、いちばん安心だと思っている銀行にお金を置いたままとなり、増えもしない金利で甘んじることになります。

また、それだけではなく、資金を必要としてる成長可能性の高い主体も、柔軟に資金供給を受けることが出来ずに、チャンスを棒に振ってしまうか、銀行員の顔色ばかりを窺ったり、銀行の気分次第で資金を止められたりして、思うように事業が進められなくなるのです。

私たち日本人が金融リテラシーを高めることによって、より多くの投資のチャンスを見出すことが出来、また、成長のために資金を必要としている主体も、柔軟に資金調達が可能になり、投資家は自分の資金を有効に活用することが出来、また成長可能性のある企業は成長できる可能性がさらに高まり、日本の経済全体にとっても大きな変化を生み出せるのです。

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まずは、日本にいる多くの人たちが、「金融は難しいものだ」という偏見を打ち破り、本当に簡単に理解させてくれるメンターを見つけることです。

自ら勉強しようとすると挫折します。

コツを知っている人を見つけたらよいのです。

私たちは、そういう学校を作る準備をしております。

是非とも期待していてください。

金融全般第3回目は、「銀行の存在」について、考えてみました。

ご参考になれば幸いです。

浜本学泰

金融全般②:「日本人にお金の知識がない理由」

こんにちは。

浜本です。

金融全般のテーマの第2回目は「日本人にお金の知識がない理由」です。

なぜ、私たち日本人は、お金の知識を持たないまま、大人になり、大人になってもお金のことを学ばないままなのでしょうか?

明確な答えは、よくわかりません。

歴史的な背景などもあるでしょうし、文化的な側面もあることと思います。

ここでは、私の推測を元に「日本人がなぜお金の知識を持っていないのか」について考えてまいりたいと存じます。

お金というものは、元々は物々交換という商取引が生まれ、盛んになった時に、物同士の交換では商取引が難しいケースが増え、より共通の価値尺度を持ったものと、運搬のしやすさ、保存がきくというニーズが台頭したことで出来上がったといわれております。

唯一、私たちが学校で習う「貨幣」の機能について、おさらいしてみましょう。

貨幣には以下の3つの機能があるといわれております。

①価値の尺度…品物の値段、モノの価値を示すという役割

②交換(決済)手段…支払機能としての役割

③価値貯蔵手段…お金の貯蔵手段としての役割

日本人は昔から農耕民族であり、季節に応じて食物を作ったり、道具を作ったりと、季節性のある生活スタイルを送ってきました。

私たちの生活は、まさに貨幣の3つの役割を忠実に使ってきたと言えるでしょう。

共通の価値の尺度をもって、決済手段として用い、来年の収穫の時まで富を蓄えておくということです。

日本人の生活スタイルこそ、まさに貨幣を貨幣として正しく使ってきた民族なのではないかと思います。

また、日本人はお金のことは口にしてはいけないという美徳のようなものを持っております。

自らの欲や裕福さを自慢したり、人にさらしたりすることは恥ずかしいことであると考えられてきました。

ですから、どんなに儲けていても人に言いませんし、儲け方などを口外しようものなら、「お金に汚い人」「お金にシビアな人」というレッテルを貼られてしまうことになるでしょう。

お金というものに対しての考え方は、日本においても古くからたくさんの格言や金言があります。

実は日本人はお金のことについて、知識が全くないということではないのです。

お金というものが、第1回に書かせていただいたように、「ただの印刷した紙」に変わった時、また「ただの数字の羅列」に変わった頃から、欧米のこの世の中をコントロールしている人たちの考えに沿った「貨幣経済」「金融市場」というものが作り上げられ、世の中の方が変わってしまったのです。

彼らは、自ら作った「お金に関するルール」をうまく使って、「実体がない価値」をどんどん作り上げ、人から大事なものを奪い取っていくのがとても上手なのです。

今、世界は彼らの作った金融のルールで動いております。

これらは、一般人に仕組みがわかってはいけないのです。

なぜなら、巧みに地球上の多くの人たちから、価値を吸い上げていく構造を作り上げることが出来たからです。

私たちは、「貨幣」を「貨幣らしく」正しく使ってきました。

欧米で開発された「数字だけの貨幣」によって、人為的に価値を操作するということをしてきました。

欲にまみれたお金は、マイナスの波動を持っています。

人を傷つける力を持っています。

今、私たち、日本人には、「お金本来の意味と使い方」が定着しています。

しかし、彼らの構築した「数字だけのお金の時代」のおいては、そういう状況では、「良いカモ」にされてしまうのです。

ですから、彼らの手法なり考え方を知った上で、対策を講じていかなければなりません。

まずは、お金の特性をしっかりと学ぶところから始めなくてはいけません。

日本人は、実は昔からお金を正しく使ってきました。

ここ最近になって、一部の欧米人などが、自らのためにそのエネルギーである「お金」を使い始めました。

ただ、正直で真面目なだけでは、彼らの搾取されてしまう。

そうならないためにも、私たちも彼らの手法を学び、自らを守っていかねばならないのです。

私たちは本当は金融が得意な民族のはずです。

是非とも正しいお金の使い方を身につけ、幸せに暮らし、子々孫々に至るまで安寧に暮らしていってほしいと強く願います。

浜本学泰

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